ささきあり with happiness

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パッションフルーツ

あわただしい日々、植物の成長を見ると、ほっとします。
今夏、がんばったのはパッションフルーツ。
昨年は花をつけず、が挿し木にして室内で越冬させた苗が、
今年は花開きました。

パッションフルーツは、気温が35度を越えると花をつけないそうで、
暑さが過ぎた9月に入ってから、ようやく咲きました。


つぼみがついて、
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花が開いて、
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そして、夫が受粉させたものがうまく受精したらしく、実になりました。
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いま、ベランダに3個なっています。
実がつくと、やっぱりうれしい。




空をバックに。つやっつやの実、かわいいです。
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赤くなったら、食べられます。
数年前、ベランダでなった実を食べたら、しっかりパッションフルーツ味でした。
甘みと酸味が絶妙なのですよ。
収穫が楽しみです。



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# by arisasaki | 2018-09-24 10:00 | 日々のこと | Trackback

目の前のこと

次々と大きな災害が起きて、落ちつかない気持ちを抱えています。

災害時に思うのは、
そこで命をつなごうとしている方々と、
自らも被災しながら救助、復旧に尽力されている方々です。

災害はひとつひとつ状況が異なるので、
どんなに対策を練っても防ぐことはできませんし、
復旧活動だって想定していたようにはうまくいかないでしょう。

それぞれがそれぞれの立場で一生懸命にやっている。
そのことを、自分が被災したときも忘れないようにしたいと思うのですが、
いざとなったら、そんな余裕はなくなるのかもしれません……。

それと、迷うのは安否確認です。
災害現場に近くて、すぐに助けに行ける場合や、
家族や、とても親しい方がいる場合は、安否確認しようと思うのですが、
そうでない場合は、控えたほうがいいかなと、わたしは思っています。

被災地は通信状況が悪くなりますから、
できるだけ緊急連絡や、家族間の連絡にゆずりたいと思いますし、
被災した人が持っている端末を充電できない時は、現地の情報を入手するのに
残っているエネルギーを使ったほうがいいので、
やはり不急の連絡は控えたほうがいいのではないかな、と思うのです。

とはいえ、不安な時に心配してくれている人がいるとわかるのは励みになりますから、
連絡するかしないかは、とても迷うところです。
また、こちらで現地の情報をまとめてから送るのは、役立つかもしれないですね。
正解はないのだろうな、と思います。

遠く離れている時にできることは、寄付になります。
それしかできないのが心苦しいですが、
まずは自分のやるべき仕事をしっかりやることが大事だと思っています。

東日本大震災のとき、なによりも電気や水やガスがあり、
通常通りとはいかなくても営業してくれたお店に助けられました。
学校の先生方は保護者がむかえにくるまで、子どもたちを守ってくださり、
自治体の職員の方々が状況を把握するために飛びまわって対応してくださり、
警察官が交差点に立って誘導してくださいました。

心細いとき、音楽や本に励まされましたし、
いつも通りに動いているものごとを見ると、ほっとしました。

すべて、目の前の仕事をしてくださった人のおかげです。

いまも、それぞれの場でそれぞれにがんばっている人がいることに
思いをはせながら、わたしも自分の仕事をしようと思います。


ライフラインが整わず、不安な思いをされているみなさま。
余震や二次災害に気をつけて、お過ごしください。
ご無事を祈っております。






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# by arisasaki | 2018-09-09 15:35 | 日々のこと | Trackback

初梨

父から梨が届きました。
私の一番好きな果物です。
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母方の祖母が鳥取に暮らしていたので、
私は子どもの頃、21世紀梨ばかり食べていました。
運動会の昼食にも、21世紀梨がつきものでした。

父は、亡き母のしていたことを再現しているようなところがあって、
少しせつなくなります。

母が他界した2年後から、
父は毎春、母がつくっていた苺ジャムをつくるようになりました。
昨年は「お母さん(妻)がつくってくれたことがあったから」と、
くちなしの実のご飯を炊いたりして。
他にも、私から見ると、母の思い出をなぞっているな、と思われることが
多々あります。

たぶん、父が私に梨を送ってくれるのも、
母が生きていたら、そうしただろう、と思ってのことではないかな、
と思っています。
母が亡くなって27年が過ぎましたが、
いまも父は母と一緒に生きているのでしょう。







お母さん。
お父さんがこの先も元気で、やりたいことを存分にできるように、
見守ってあげてね。






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# by arisasaki | 2018-08-25 09:47 | 日々のこと | Trackback

秋の気配

天空にわかにかき曇り……。
という表現がぴったりな空の下、
打ち合わせをしに都心へ行ってきました。

「お盆なのにすみません」
と編集者さんは気づかってくださいましたが、
もとより年中無休で、といっても適当に小休憩を入れてぼちぼちやっているので、
かえって申し訳なく。
むしろ、打ち合わせは好きなので、ありがたいです。

打ち合わせをすると、
このキャラクターはこんな衣装を着させたいね、とか、
こんなサブキャラもいたら楽しいかも、とか、
こういう展開はどうだろう、とか、
どんどんふくらんでいくのでとても楽しく、わくわくします。

絵描きさんものって描いていらっしゃるようだとうかがい、
一層わくわくしました。
早く子どもたちに届けたいなあ。

ここ数日で、セミは夜間に鳴かなくなり、
代わりに秋の虫の音がにぎやかになってきました。
いつの間にか空も秋めいていて、びっくり。
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みなさま、秋バテしないよう、お大事になさってください。





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# by arisasaki | 2018-08-14 15:52 | 日々のこと | Trackback

不確信

当然ながら、創作に正解はありません。

その上、読者は自分のこれまでの経験に引き寄せて
文章のある部分を取りだし、感じとるものですから、
創作者の意図なんてものがまっすぐに伝わることはありません。

自分に引き寄せて感じとるのが読書の楽しみですから、
本をどう読むかは、読者の自由。
本の中の世界は、その人個人のものだと思います。

そこで、ううーんと考えてしまうわけです。

平成も終わろうとしている今この時を生きている子どもたちは、
昭和生まれのわたしとは、まったくちがう時代を生きています。

その子どもたちが「読んでよかった」と、おぼろげながらにも
感じるようなモノって、なんだろう? と。

没後、じわじわと広まっていった宮沢賢治の創作物の例もありますから、
「今」を意識して創作したからといって、うまく「今」にはまるわけでもありません。

いろいろ調べて、探って考えて、結局は自分が思うものを書くしかない、
というところに戻ってきてしまうのですが、
とはいえ、私ひとりの思いこみだけで書いたものは、
伝わるものにはなりにくいです。

ほかの人に読んでもらうと、自分だけがわかっているつもりになっていて、
ほかの人には伝わってないものがわかります。

とりわけ編集者と相談しながらブラッシュアップを重ねると、
より「伝わる」モノになっていく感じがします。

なかにはガチガチの制約の中で書いたもののほうが、
のびのびと書いたものよりも、ウケるものになっていたりして、
自分の感覚なんてホントあてにならないなあと、実感します。

ただそうなると、なにを目指して書けばいいんだろうと、
再び迷宮に入りこんでしまい……。

つまり、
私は常に不確かなものを抱えて書いていくことしかできない、のでしょうね。
なにが正解かがわからないからこそ、追い続けたいんです。

そして、今日もううーんと、迷いながら書いています。















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# by arisasaki | 2018-08-04 10:16 | 創作/思いつき | Trackback